“Kamba Nane”(カンバ・ナネ)とは、ケニアの伝統弦楽器ニャティティの別称。ニャティティが8本の弦からできていることからそう呼ばれる。スワヒリ語で、”カンバ”は「弦」、”ナネ”は「8」を意味する。
Side A Ogwang’ (ZDJ House Remix)
Side B Kizashi (HIFANA Remix feat.Latyr Sy)
「私の行けない所まであなたが行ってこの楽器を奏でてきなさい」と、師匠オクム・オレンゴが言った。偉大なニャティティ奏者であり哲学者だった故オクムの「行けない」所とはどこだったのだろうか。ニャティティは、ケニア・ルオー民族の伝統弦楽器で5音のペンタトニックの音階しかもたない。ルオー語のイントネーションがそのままシンコペーションとなりフレーズとなっている。他ジャンルとのコラボレーションをどう計るのか。盆踊りに代表されるリズムとテンポを持つ日本語をニャティティのフレーズにどう乗せるのか。いろいろと試行錯誤の末たどり着いたのが、トラディショナルとしてのニャティティから脱却し、コンテンポラリー音楽との融合で、その可能性を拡げることだった。今回新たな挑戦として取り組んだのが、私自身にとって初の試みとなるこの7インチ・シングルのアナログレコード「KAMBA NANE Anyango Club Remix」である。 Anyango
Side A Ogwang’ (ZDJ House Remix)
「ロサンゼルスにいいクリエイターのDJがいるよ!」と、6枚目のアルバム”Savanna”のCo-Producer 塩田ノリヒデさんがZDJを紹介してくれた。塩田さんはベーシストとして相変わらず忙しそうに世界中を駆け回っているけれど、あの2001年9月11日の米国同時多発テロ事件の当日、ニューヨーク着陸を目前にUターンした同じデルタ航空機に乗り合わせた古くからの盟友である。Side A のOgwang’は、もとは、偉大なニャティティ奏者であり私の師匠であったオクム・オレンゴに捧げたAnyangoのオリジナル曲である。(オクムは、サバンナの夕焼けを眺めながらギネスの黒ビールを傾けるのが好きだった。)塩田さんが紹介してくれたのが、ロサンゼルスに住むバークリー音楽院を卒業したばかりのZack DJだった。日本人である私が創ったアフリカの大地の曲を、米国の新進気鋭のエンジニアでありDJでもあるZackさんが欧米のクラブ向けHouseにアレンジする。その仕上がりは素晴らしく、これはもうレコード盤にして、世界中のDJにクラブで流してもらいたい!そんなことを考えながら、Remixレコードの構想を練っていたら、突然、訃報が届いた。エンジニアの赤川新一さんが急逝されたという。赤川さんとの出会いは、ヴァイオリニストの葉加瀬太郎さんのアルバム製作だった。葉加瀬さんからのミッションは、とあるシューマン楽曲のアルペジオ部分をニャティティで弾くこと。そもそも5音のペンタトニックの音階しかもたないニャティティが、西洋のクラシック、しかもシューマンの楽曲を演奏できるのか。結局、3台のニャティティをチューニングし直してオーバーダビングし、それをつなぎあわせるという「力業」で乗り切った。そのとき、レコーディングエンジニアとして私をサポートしてくださったのが赤川さんだった。赤川さんには、私の5枚目のアルバム”Kilimanjaro”のレコーディングもお願いすることになる。東京でのレコーディングにもかかわらず、ケニアのサバンナに吹く風の爽やかさと港町モンバサの茹だるような熱を見事に再現し、豪華な音場にしあげてくださった。原曲のOgwang’はその”Kilimanjaro”の代表曲でもある。
Side B Kizashi (HIFANA Remix feat.Latyr Sy)
Latyrさんは、セネガルのゴレ島出身のパーカッショニストである。本名、Latyr Sy、身長は2メートル近くある。彼は植民地時代、奴隷貿易の拠点だったあのゴレ島の村長の息子で、何でも好きになった人が偶然、日本女性とかで、かれこれ四半世紀近くも日本を拠点に演奏活動をしている。Latyrさんは、彼がステージで歌う「私たちはあの歴史を忘れない。けれど大きな心ですべてを許そう。そこから前に進もう。お互いの肌の色に誇りをもって自分らしく生きて行こう」というセネガル語のメッセージのとおりの人物。私が東アフリカのニャティティで、彼が西アフリカのパーカッションだから、たった二人のステージでもオールアフリカが現れる。その彼がお気に入りの曲が”Kizashi”。この曲も私の5枚目のアルバム”Kilimanjaro”に収録されているオリジナル曲だ。私がニャティティを携えて中央アフリカのカメルーンを旅したとき、森の民(ピグミー)の人たちと出会い、彼や彼女らと一緒にセッションした体験をもとに創った楽曲である。8分の6拍子のカメルーンのビクツィと森の民のポリリズムをふくよかにして、そこにスワヒリ語とルオー語の歌詞を重ねた。ニャティティの伝統的なチューニングも敢えて変更した。ところが、Latyrさんにはこの曲が自分のルーツであるセネガルのカザマンス地方のブガラブという伝統的なリズムに聞こえるらく、ライブ中にこの曲になるとセネガルの血がどうしても沸き立ってしまうとのことだった。すると、彼の繰り出すブガラブのリズムというのが、私が当初思い描いていたイメージをはるかに凌駕し迫ってくる。化学反応を引き起こされた私もつい「熱く」「前のめり」になってしまう。そして、この”Kizashi”も、故赤川新一さんが録音してくださった曲だった。「それなら”Kizashi”をブガラブ風のRemixにして、赤川さんに捧げましょう」とLatyrさんがいう。しかし、Remixといっても簡単ではないのは明らかだ。何せケニアの伝統弦楽器ニャティティでカメルーンのポリリズムを奏で、そこにセネガルのブガラブをフューチャリングして、それを世界のクラブシーンでDJにかけてもらえるようClub仕様にRemixする。超複雑なジグソーパズルみたいだ。LatyrさんのレコメンドはHIFANAだった。
HIFANAはその日本独自の観点を昇華させたユニークな楽曲で、世界でも評価が高く、フランスはEMI/Virgin傘下のレーベルDelabelから海外メジャーリリースし、さらにライブイベントではイスラエルと日本の国交60周年イベントやポンピドゥセンターでの単独公演をはじめ、ヨーロッパ、アメリカ、アジアの各国に点在する20都市以上で、クラブ/フェス規模から国交事業へと、国境をまたぎ世界を舞台に活動している。制作期間中も世界中を飛び回っていて、なかなか連絡がつかない。それでも、Latyrさんの頼みなら、ということで、(日本×カメルーン×ケニア×セネガル)÷4のRemixを快諾してくれたのだった。新たにLatyrのVocalも追加し、Kizashi (HIFANA Remix feat.Latyr Sy)は完成した。天国の赤川さんにも楽しんで聞いていただけたらと思います。 Anyango